事業主は、1日8時間、1週40時間を超える時間外労働、深夜(午後10時~午前5時)および法定休日に労働させた場合、労働者に対して、割増賃金、つまり残業代を支払わなければなりません。
割増賃金の計算方法は、労働基準法などで定められているにもかかわらず、自己流に計算してしまい、従業員から未払残業代を請求されて初めて法令違反に気が付く会社が少なくありません。
割増賃金についての正しい知識を身に付けて、現在の残業代が法律に従い適正に計算されているか確認してみましょう。
♦賃金不払残業の動向
厚生労働省は、全国の労働基準監督署が平成24年4月から平成25年3月までの間に定期監督および申告監督等を行い、是正指導した結果不払になっていた割増賃金が支払われたもののうち、その支払額が1企業で合計100万円以上となった事案の状況を取りまとめて、公表しました。
是正企業数 |
1,277社 |
支払われた割増賃金の平均額 |
1社当たり819万円 労働者1人当たり10万円 |
割増賃金を1,000万円以上 支払った企業数 |
178社 |
1企業での支払い最高額 |
1位 5億408万円 (卸売業) 2位 3億4,210万円(製造業) 3位 2億9,475万円(金融業) |
このように多くの企業が是正により、割増賃金を支払いました。
♦割増賃金の種類と率
時間外労働などの割増賃金の種類と率は、次の通りです。
①所定労働時間超 |
割増なし |
②法定労働時間超(1日8時間超の場合) |
25%割増 |
③所定休日労働(週40時間超の場合) |
25%割増 |
④法定休日労働 |
35%割増 |
⑤深夜業 |
25%割増 |
⑥法定労働時間超+深夜業 |
50%割増 |
⑦法定休日労働+深夜業 |
60%割増 |
商業、映画・演劇業(映画製作の事業を除く)、保健衛生業及び接客娯楽業であって、常時使用する労働者集が10人未満の事業場は、週法定労働時間を44時間とする特例が認められています。
法定労働時間を超過した時間が深夜に及んだときは②と⑤を合算し5割以上、法定休日労働が深夜に及んだときは、④と⑤を合算し6割以上の割増賃金を支払う必要があります。
平成22年4月以降、1ヶ月に60時間を超える時間外労働をさせたときは、②の率が「五割以上」に引き上げられました。ただし、中小企業については当分の間、この引き上げが猶予されています。
猶予される中小企業 (①または②に該当する場合) |
①資本金の額または 出資の総額 |
②常時使用する 労働者数 |
小売業 |
5,000万円以下 |
50人以下 |
サービス業 |
5,000万円以下 |
100人以下 |
卸売業 |
1億円以下 |
100人以下 |
上記以外 |
3億円以下 |
300人以下 |
♦割増賃金の単価の計算式
割増賃金の単価は、支払形態により、次の計算式により算出します。
支払形態 |
割増賃金の単価の計算方法 |
月給制 |
月給÷1年間における1ヶ月あたりの平均所定労働時間(※) |
時間給制 |
時間給の単価 |
日給制 |
日額賃金÷1週間における1日平均所定労働時間数 |
週給制 |
週給賃金÷4週間における1週平均所定労働時間数 |
※1年間における1ヶ月あたりの平均所定労働時間とは?
基本給が月額で定められている場合及び、月決めの手当についての1時間当たり単価の算出は、月額を1ヶ月における所定労働時間で除す(施行規則第19条)ことになりますが、毎月の所定労働日数は異なるため、1年間を平均して1ヶ月あたりの所定労働時間を算出します。
1年間は原則として暦年(1月から12月まで)ですが、就業規則に定めがあれば4月~3月等の1年間とすることもできます。
1年が365日の場合
(365-年間総休日日数)÷12×1日の所定労働時間数=1ヶ月あたりの平均所定労働時間
♦除外できる賃金
次の①から⑤は、労働と直接的な関係が薄く、個人的事情に基づいて支給されている賃金であるため、⑥および⑦は、主に計算技術上の困難であるため、割増賃金の算定基礎となる賃金から除外することができます(法37条、施行規則21条)。
除外事由 |
賃金の内容 |
労働と直接的な関係が薄く、 個人的事情に基づいて支給される賃金 |
①家族手当 ②通勤手当 ③別居手当 ④子女教育手当 ⑤住宅手当 |
計算技術上の困難である賃金 |
⑥臨時に支給された賃金 ⑦1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金 |
★臨時に支給された賃金とは?
臨時的、突発的事由に基づいて支払われるもの、および結婚手当等支給条件はあらかじめ確定しているが、支給事由の発生が不確定であり、かつ、非常にまれに発生するもの。(昭22.9.13発基17)
★1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金とは?
① 賞与
② 1カ月を超える期間の出勤成績によって支給される「精勤手当」
③ 1カ月を超える一定期間の勤続勤務に対して支給される「勤続手当」
④ 1カ月を超える期間にわたる事由によって算定される「奨励加給」または「能率手当」
除外できる賃金は、例示ではなく、制限的に列挙されているため、①から⑦に該当しない「通常の労働時間または労働日の賃金」は、すべて割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。
この除外できる賃金は、「名称にかかわらず実質によって取り扱うこと」(昭22.9.13発基17)となっているため、①から⑤の名称が付いていても、除外できないことがあります。
(1) 家族手当
「家族手当」とは、「扶養家族数またはこれを基礎とする家族手当額を基準として算出した手当」をいいます。
たとえその名称が物価手当、生活手当などであっても、これに該当する手当であるか、扶養家族数または家族手当額を基礎として算定した部分を含む場合には、その手当またはその部分は、「家族手当」として取り扱われます(昭22.11.5基発231、昭22.12.26基発572)。
例えば、「配偶者は1万円、その他の扶養家族は1人につき5千円」のように家族の人数に応じて支給するものであれば、除外することが可能です。
しかし、扶養家族の有無、家族の人数に関係なく一律に支給される手当や、扶養する者に対し基本給に応じて支払われる手当は、「家族手当」ではないため、割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。
(2) 通勤手当
「通勤手当」とは、「労働者の通勤距離または通勤に要する実際費用に応じて支給される手当」をいいます。
したがって、距離にかかわらず一律に支給する場合や、実際の距離によらない一定額の部分は、「通勤手当」ではありませんので、割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。
(3) 住宅手当
「住宅手当」とは、「住宅に要する費用に応じて算定される手当」をいいます。
例えば、住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給する場合や、住宅に要する費用を段階的に区分し、費用が増えるにしたがって額を多くして支給する場合は、割増賃金の算定基礎から除外できます。
しかしながら、住宅の形態ごとに一律に定額で支給する場合や、全員に一律に定額で支給する場合は、「住宅手当」には該当しないため、割増賃金の算定基礎に含めなければなりません。
除外できる住宅手当 |
|
住宅に要する費用に定率を乗じた額を支給 |
賃貸住宅居住者には家賃の一定割合 持家居住者にはローン月額の一定割合を支給 |
住宅に要する費用を段階的に区分し、 費用が増えるにしたがって額を多くして支給 |
家賃月額5~10万円の者には2万円 家賃月額10万円を超える者には3万円を支給 |
除外できない住宅手当 |
|
住宅の形態ごとに一律に定額で支給 |
賃貸住宅居住者には2万円 持家居住者には1万円を支給 |
住宅以外の要素に応じて定率又は定額で支給 |
扶養家族がある者には2万円 扶養家族がない者には1万円を支給 |
全員に一律に定額で支給 |
扶養家族の有無にかかわらず全員に2万円支給 |
このように、除外可能かどうかは名称でなく、実態により判断します。
♦定額の残業代
多くの会社が、残業代対策の一環として「定額残業手当」制度を導入しています。「定額残業手当」は、その制度設計、導入手続きおよび実際の運用を正しく行わないと、紛争が起きたときに残業代として支払っていると主張しても認められません。
その結果、残業代が未払だと判断され、場合によっては、定額の残業手当まで割増賃金の算定基礎に含めなければならないはめになり、未払残業代が膨大な額となって会社経営を脅かすおそれがあります。
そして、割増賃金の未払が紛争となるだけでなく裁判に発展した場合、裁判所は未払残業代と同額の付加金の支払いを命じることができるのです。
(1) 制度設計
残業代を基本給、歩合給、または年俸の一部に含める場合でも、手当の一部を定額の残業代として支給する場合であっても、通常の労働時間の賃金部分とは明確に区別し残業代として支給します。
具体的には、定額の残業代の金額がいくらになるのか明示し、何時間分の残業代として設計する場合には、労働基準法で定められた割増賃金の所定の計算方法に沿って正しい金額を算出しなければなりません。
何時間分の残業代として設計する場合には、月45時間が目安となります。なぜならば、労働基準法第36条で、労働時間の延長の上限として45時間と定められているからです。 これを超える時間を定めても、労働基準法第36条の趣旨に反し、長時間労働を義務付けるものとして安全配慮義務違反のおそれがあり、認められません。
何時間分の残業代として設計せずに、支給額を定額で定めるだけの場合でも、基本給と定額の残業代との適度なバランスが必要です。極端に賃金に占める定額残業代の比率が高いと、実質的には残業代以外の性格のものであるとして、定額の残業代の対価としての性格を否定された判例があります。
(2) 導入手続
「定額残業手当」が定額の残業代の対価としての性格を有していることを証明するために、就業規則(賃金規程)や労働条件通知書や労働契約書で、「定額残業手当」が定額の残業代に相当することを定めます。
そして、定額の残業代として支給される額を明示し、何時間分の残業代として設計している場合には、「時間外労働〇間分の割増賃金として〇円を支給する」というように明示します。
何時間分の残業代として設計する際に、時間外労働だけでなく、深夜労働や休日労働分も含めて算出したのであれば、「時間外労働〇時間分、深夜労働〇時間分、休日労働〇時間分」明示しなければなりません。単に「時間外労働〇時間分」としてしまうと、深夜労働や休日労働分が含まれていると主張しても、認められない可能性がありますので、注意が必要です。
(3) 実際の運用での注意点
「定額残業手当」の金額およびそれに対応する時間外時間数を給与明細書に記載します。
「定額残業手当」深夜労働や休日労働も含む場合には、それぞれの金額とそれに対応する時間数を給与明細書に記載します。
そして、実際の残業時間に基づき労働基準法所定の計算方法により計算した時間外手当の額が、「定額残業手当」を上回る場合は、不足分の割増賃金の支払いを要します。
♦管理職に対する割増賃金
管理監督者については、労働基準法で「労働時間、休憩および休日に関する規定は適用しない」と定められているため、時間外労働や休日出勤をしても、それに対する割増賃金を支払う必要はありません。
ただし、管理監督者に当てはまるかどうかは役職名ではなく、その社員の職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇を踏まえて実態により判断します。管理職の肩書きを付ければ「割増賃金を支払わなくてもよい」ということではありません。つまり、以下の要件に当てはまらない管理職には、時間外手当や休日出勤手当を支給しなければならないのです。
①経営者と一体的な立場で仕事をしている
②出社、退社や勤務時間について厳格な制限を受けていない
③その地位にふさわしい待遇がなされている
♦年俸制適用者に対する割増賃金
いまだに「年俸制なので残業代は支給する必要がない」と勘違いされている方がいますが、そのような定めは、法律のどこにも書いてありません。
年俸制の場合は、年俸額を12分割し、その額を平均所定労働時間数で除して1時間当たりの金額を求め、割増賃金を計算します。
なお、年俸額に時間外労働に対する手当を含めたものとして支給する場合は、定額の時間外手当と同様の対応が必要です。
♦休日振替と代休
(1)休日振替
「休日振替」とは、あらかじめ法定休日と定められていた日を労働日とし、そのかわりに他の労働日を休日とすることを言います。これにより、あらかじめ休日と定められた日が「労働日」となり、その代わりとして振り替えられた日が「休日」となります。従って、もともとの休日に労働させた日については「休日労働」となりませんので、法定休日労働に対する35%増以上で計算した割増賃金を支払う必要はありません。
ただし、振り替えて労働させたことにより1週間の労働時間が40時間を超過する場合は、週の法定労働時間を超過して労働させたことに対し25%増以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。
振替を有効に行うためには、就業規則等に「業務上必要のあるときは、休日を他の日に振替ることがある」こと及びその事由・方法が規定し、あらかじめ振替える日を特定することが必要です。
通達においては、「振り返るべき日については、振り替えられた日以降できる限り接近している日が望ましい」とされています。
(2)代休
「代休」は、あらかじめ休日の振替を行わずに法定休日に労働させ、事後に代休を与えた場合が該当します。「休日振替」と異なり、事後的に、「本来の休日」と「本来の労働日」を交換することになるため、休日労働をしたという事実に変わりはありません。
よって、休日労働が法定休日の場合には、35%増し以上の率で、所定休日だが週40時間を超える場合には、25%増し以上の率で計算した割増賃金を支払います。
♦時間外・休日労働に関する協定届(36協定)
時間外労働や休日労働をさせるときは、労使協定を締結し、労働基準監督署に届け出します。この協定は、労働基準法第36条に定められているため、通称『36協定』と呼ばれています。
この協定は、従業員に周知する義務がありますので、見やすい場所に提示するなどの措置をとっておきましょう。